7話のあと、8話の前のちーちゃんの心乱れる様子を書いてみようと思った件。
7話、8話お読みになってからどうぞ。
神崎が出て行った。自分で追い出したくせに、なぜかぽっかりと穴があいたみたいな寂しい気持ちになってしまって、困惑する。いつもなら見送りに行くのに行かなかったな、という罪悪感と、あんな奴知らない、という怒りが入り混じって、落ち着くために深呼吸をした。
セックス、してしまった。可愛い女の子とじゃなくて、神崎と。いや、今までもそれに近いことは何度もしてきたんだけれど、でもあそこまでするつもりは、俺には本当に、なくて。
思い出すだけで、まだぽろぽろと涙が零れてくる。「千尋はほんと、泣き虫やねぇ」と、二番目の姉が事あるごとに言っていたのを思い出す。だいたいが三番目の姉と喧嘩した後のことだった。あの頃から俺はまったく変わっていない。
いつまでも泣いていられるわけなくて、徐々に止まって、そうすると今度は喉が渇いてお腹が空いたということを知覚して、意を決してベッドを降りた。
床に足をついて立ち上がると、つきん、とした痛みが背中を上ってきて一瞬動きを止める。けれど我慢できないほどではなくて、ゆっくりと歩けば大丈夫そうだ。そろりそろりと一人しかいないのに忍び足でキッチンへと向かった。
バナナがあってよかった。さすがに何か作る気にはなれない。あとは冷蔵庫の中の、アイスコーヒーを取ろうとして、ちょっと考えてやめて(カフェインは刺激物に該当するだろう。避けた方がいい)、牛乳を手に取った。グラスを洗うのも面倒だしパックの中身もたいして残っていないので、そのまま移動する。
床にクッションを敷いて座るよりもベッドの方が柔らかくていいだろう、とベッドに腰を下ろして、バナナを食べ、牛乳を飲む。ベッドの上で物を食べるのも、牛乳パックに直接口をつけて飲むのも、行儀が悪くてドキドキした。
このドキドキ感っていうのは、神崎と親しくなってからずっと続いていたものと、実は同じような気がした。誰も、あんなに近くまで来たことがなかった。他人に触れること、触れられることを俺は、極端に怖がっていた。
もしも秘密を知られた相手が神崎じゃなかったとしたら。
想像してみて、ぞっとした。たぶんもっとひどい目に遭っていた。写真は簡単にばらまかれていただろう。そしてひそひそと白い目で見られて、大学を辞めることになっていたに違いない。性的なことを強要されるのだって、もっと早い段階で尻を犯されていただろうし、きっと、もっと血が出ていたかもしれない。
立ち上がったときに、想像したような激痛はなかったな。そういえば。ふと枕元に目をやると、はちみつの瓶が転がっていた。ほとんど中身は残っていない……どこに使われたかって、そりゃあ、うん。頬が熱くなる。
というか、もしかして中にまだ、残ってる? 恐る恐る触ってみると、ぷっくり腫れてはいるけれども、はちみつのべたべたはなかった。神崎が洗ってくれた、んだろうか。気絶している間に。
「……」
女の子みたいに抱かれてしまったことは、いただけない。けれど、神崎は彼なりに、優しくしようとしてくれたんじゃないか。コンドームも使ってくれたみたいだし、はちみつで滑りをよくして、実際に神崎のアレを入れられていた時間よりも、指で慣らしていた時間の方が長かったんじゃないだろうか。
「ばか……」
神崎か、俺自身か。
こんなことをされても、友達でありたいのか、俺は。でも神崎は、俺をもう友達だとは思っていないかも。性欲をぶつけるだけの対象、なのかも。
じんわりとまた、涙が滲んだ。痛いとかじゃない。嫌だった。性欲の発散だけが目当てだなんて、そんなの。だって俺は、ずっと口とか手で神崎のアレ、触ったり銜えたりしたときだって、欲望を遂げるためだなんて、思ったこと。
……じゃあ、なんだと思ってた? ずっとずっと、神崎のこと、どう、思ってた?
なんで、あんなこと許したんだ? 最初から、気持ち悪いって、嫌だって、どうして思わなかった?
気持ちいいから、だけじゃない。神崎じゃなかったら、と想像してみてぶるりと震えた。例えば洋介さんだったとしても、耐えられない。神崎だけ、大丈夫。神崎だから、大丈夫。
セックスが平気なのは、それは。
「……すき?」
口や手で奉仕すること、身体を繋げること、全部、心の発露だったから、嫌じゃなかったのだ、と。
自分の想いに気がついて、でも神崎は違うだろうと思って、また泣いた。彼は別に俺のことが好きだから、抱いたんじゃない。
好きだ、と一言も言われていない。神崎は俺の性器に触れない。孔だけあればいいと思って、俺を抱いた。キスも一度も、ない。
「うぅ……」
俺が好きだと言ったら、本当に離れていくだろう。どうしたらいいのかわからなかった。
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